前朝日町議会議員
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2017-11-11

大谷翔平選手の大リーグ挑戦に期待

 日本ハムの大谷翔平選手が大リーグ挑戦を正式に表明した。海外移籍の資格をまだ有していませんから、移籍をするためには所属球団の了承を得てポスティング制度を利用するわけです。快く認めた球団関係者の理解を評価したい。球団にはダルビッシュと同様多額の移籍金が入るが、これは不問にしたい。
 大谷選手は会見で「大リーグで一流」を目指すとのべているが、技術的には一流であるので、さらなる上を目指すのであるから「大リーグで一流」と述べるあたり向上心の高さを感じます。若い人が上に目標を置き、果敢に挑戦しようとする気持ちに拍手を送りたい。

2017-11-11

加計学園の疑惑は晴れていない

 大学設置・学校法人審議会が加計学園の獣医学部新設を許可するよう文科省に答申した。獣医学部新設経過について疑惑があるにもかかわらず解明されていない。この間国会で審議されてきましたが、当事者は何も語っていませんから加計氏は国会に出席して証人喚問として答えるべきであります。疑惑解明なしに文科相は、獣医学部新設を認可すべきでありません。
 特に、安倍首相が、獣医学部新設を要望してきたのが加計学園であると知ったのは今年の1月20日の申請締切日であると、国会で答弁をしています。安倍首相と加計孝太郎氏の間柄や加計氏が関係閣僚を訪問していることからも信じがたいことであります。国政私物化が問題になっているのですから、国会での真相究明を続けていく必要があります。
 もともと獣医学部新設を農林省、文科省は認めていなかったのですから、原点からの解明も必要でしょう。政治の疑惑が闇に消されてはなりません。疑惑が解明されるまで認可を延期するのがまともな政治のすることではないでしょうか。
 中日新聞は、疑惑が晴れないのに、学校法人加計学園に獣医学部を開設させていいのだろうか。文部科学省の審議会は教育環境の適否を審査したにすぎない。なぜ首相の友人が手がけるのかは不明朗のままだとして以下の社説を掲げている。

 「加計」認可答申・・・・・疑惑の免罪符ではない

 規制を緩和する国家戦略特区制度の下で、愛媛県今治市に岡山理科大学獣医学部をつくる加計学園の計画を認めるよう、文科省の大学設置・学校法人審議会が林芳正文科相に答申した。2018年4月に開設される見通しとなった。
 この審議会の主な役割は、高等教育機関としてふさわしいかどうかを学問的見地からチェックすることだ。特区の事業者に加計学園が選ばれた過程を検証する権限はない。
 従って、政府には引き続き、その選考過程について納得のいく説明をする責任がある。公平、公正であるべき行政手続きがゆがめられたと疑われている以上、地元自治体や国から多額の公金が投入される開設は凍結するのが道理だ。
 獣医師が増えすぎないよう、文科省はこれまで獣医学部の新設や定員増を認めなかった。入学定員140人という最大規模の獣医学部が少子化が著しい時期に今治市にできるのはなぜか。原点に立ち返って精査する必要がある。
 その規制を緩めるに当たり、政府は「既存の獣医学部ではない構想」「ライフサイエンスなど新たな分野の需要」「既存の大学では対応が困難」「近年の獣医師の需要動向を考慮」の4条件を閣議決定していた。本当にそれらを満たしたのか明確とは言い難い。
 開会中の特別国会で、政府は詳細なデータを基にあらためて分かりやすく説明するべきだ。加計学園が審議会に示した認識も、併せてつまびやかにせねばならない。
 京都産業大も特区制度での獣医学部新設を目指し、京都府とともに名乗りを上げた。ところが、政府が「広域的に獣医師系養成大学のない地域」「1項限り」「18年4月開設」と条件を追加し、結果として諦めた経緯がある。
 特区担当の内閣府から「総理のご意向」などと伝えられたとされる文書の存在が文科省では発覚した。外形的にはまるで加計学園を優遇したように映る。国民から刑事責任を問う声が相次ぐのは異常事態というほかない。
 安倍晋三首相や周辺は疑惑を否定するが、加計学園の加計孝太郎理事長の喚問を含め、国会は真相を徹底して究明せねばならない。国民の信頼を欠いたままでは、大学界の信頼さえ失われかねない。

2017-11-10

議会、議員の責務

 今日は他の自治体の議員と懇談しました。ある議員は議案書が議会初日の3日前に渡されるので吟味できない悩みを話された。何度も改善を求めているが、求める議員が他にいないので進展しません。しかも議案質疑をしない議員がほとんどであることや議案書を読んでいない議員の実態も話された。さらに一般質問では、担当職員に聞けば分かることを質問し、質問するための質問があることを話された。
 ある議員はわたしが質問するから質問しないと議員がいることや議案が少ないので委員会を開かず省略するという議会運営がされている実態をのべられた。議会運営が非民主的であるので道理ある発言は無視されています。結局は行政の思惑通りに進んでいますということでいた。
 さまざまな話しを聞きながら、どこの議会も問題点は共通していることを感じました。議会は予算や条例など行政の方針を決定する重要な役割を持っているのですが、本当に責任を果たしているのかが問われている。追認機関になってしまっているのではということは共通認識でした。
 わたしたち議員は住民に選ばれているのであり、住民に対する責任を果たすよう努力していくことを確認できたいい機会でした。

2017-11-10

中学校部活の休養日設定は生徒を含めた学校の自主性が尊重されるべき

 三重県教育委員会の県部活動ガイドライン策定委員会が8日、部活は中学校で週2日休養日を設け、そのうちの1日は土日にすることや平日の活動時間を2時間以内にすることを求める中間案を示した。(高校は週1回以上の休養日、平日の活動時間3時間以内)
 教員の長時間労働の是正ということで文科省の指示で検討されてきたのでしょうが、部活動する当事者の意見が反映されていなければ意味を持ちません。中学校教育のあり方や学校生活全体から考えるべきであり、教員の長時間労働は部活時間あれこれ以前の問題です。
 各中学校のおかれている状況は違っているでしょうから、自分たちの問題として中学校のなかで生徒・教員・父母の3者で検討すべきであると思います。自分たちで方針を決めれば、困難に当たった時も原点に戻って考えられますが、上から決定したものは責任があいまいになります。各学校で自主的に決めていくのが教育のあり方としてふさわしいと思います。

2017-11-08

高齢者の尊厳がないがしろにされる社会保障の改正

 市町村議会議員研修会の2日目の報告をします。二つの講座(高齢者福祉における自治体の役割と新しい国保の仕組みと財政を考える)が開かれ、わたしは高齢者福祉にける自治体の役割の講座に参加しました。9時から15時まで盛り沢山の内容でありました。少しでも理解できるように望んだのでしたが、難しい課題がある分野であることはいつも感じていることであり、少しでも行政の施策に反映させるかが宿題となりました。
 自らもケアマネジャーであり、看護師・社会福祉士・介護支援専門員として高齢者医療看護福祉のコンサルティング事業を立ち上げておられる東京医科歯科大学非常勤講師の服部万里子さんの話しを聞きました。肩書どおり現場を知っておられますので、講義の内容は具体的でした。平成30年の医療保険・介護保険制度改正と自治体の役割、地域包括ケアの現状と自治体の役割、新総合事業の現状と自治体の課題、認知症の国の方針と地域で支える自治体の役割、人材不足と自治体の役割という項目に分けて話されたわけですが、介護保険制度改正、新総合事業、認知症についてを報告します。
 介護保険法が5月に改正されましたが、介護の目的が変わってきたことを知りました。要介護状態になっても「尊厳を保持し」し、継続した日常生活ができるようにすることから、能力に応じて自立した日常生活ができるようにすることにしていくということです。総合事業によって変わってきていることは知っていましたが、今回の改正により、自立支援、重度化防止が介護保険事業計画に目標数値が示されるということで、成果を上げた自治体には交付金が支給されるということです。高齢者を尊厳するという姿勢はなく、介護度改善だけが評価されるのは福祉でないと思いました。改善可能性の少ない人がサービスから排除される心配があります。
 介護報酬削減を目的とする・・・介護認定を厳しくする、事業者が改善する可能性のある利用者を選ぶことになります。
 来年度は介護保険料の引き上げが予想されますし、利用料負担を3割求められる方も出てきます。保険あっても介護なしの状況が増えていくことは少しでも食い止めることが必要であると感じました。
 新総合事業は全自治体でスタートしていますが、要支援1,2の単価より下げれば自治体事業は財政的に楽であるが、単価を下げると参加する事業者が来ないか少ないこと、緩和したサービスを実施するため研修をしても集まらないということが多くの自治体の状況のようです。シルバー人材センターの丸投げか、社会福祉協議会に委託するなど問題を抱えたままであるという現状を話された。要支援の予防訪問介護と予防通所介護は守っていく必要があると考えます
 認知症が介護が必要になった原因の1位で、脳血管疾患、老衰を上回っています。受給者の75%が80歳以上であることがのべられ、早期発見、早期判断、早期対応が決定的に重要であることや地域での日常生活・家族の支援の強化が求められていると強調された。わたしたち住民ひとり一人がどう関わっていくかが課題となっている感じました。
 以上が特に印象を持ったことです。






2017-11-07

市町村議会議員研修会で学ぶ

 6,7日に大阪で行われた市町村議会議員研修会に参加しました。来年度は医療と介護の診療報酬が同時に変更されますし、自治体では第7次介護保険事業計画が作成されつつある時期です。今回の研修テーマは「社会保障のいま」をじっくり学ぶということでしたので参加しました。今後研修内容を細かく吟味していく予定ですが、感想を含めての報告とします。
 1日目は全体会で「『我が事・丸ごと』地域共生社会による社会保障の変容に、地方自治体・地方住民はどうかかわるか」という内容で立教大学の芝田英昭教授の総括的な講演がありました。
 政府は2月7日に「地域共生社会」の実現に向けての改革工程を発表しています。その内容を明らかにしたのが介護保険法等改正法案で(5月26日に国会で成立)、等のなかには介護保険法以外健康保険法、児童福祉法、医療法、社会福祉法、老人福祉法、地域保健法、生活保護法、地域再生法、子ども・子育て支援法をはじめ31法が含まれているということでした。
 地域に起きるあらゆる課題・問題を地域住民が自分のこととして自助・共助を基本にして解決していくことが求められているとし、自治体が前面的に出るのではなくボランティアなど民間団体が主体となっていくということの真の狙いが分かりました。
 住民が求めて行政や政府に実現させるのではなく、上からの押し付けでスムーズにいくとは思えないし、社会保障の負担増と給付減であることもはっきりした政府の方針です。
 18年度から総合的相談窓口の設置が設けられようとしています。保健・医療、権利擁護、雇用・就労、産業、教育、住まいなどの住民の悩みを一元化した窓口で行うということですが、それを担うのは地区社協、地域包括支援センター、社会福祉法人などで、行政独自には設置しないということのようです。行政の責任は抜け落ちていくようで自治体の存在意義が失われている危険を感じました。また、実際にできるのか(広範囲に対応できる職員がいるのか)が疑問として残りました。
 その他多くの話を聞きましたが、特に新しく学んだ内容です。
 その後、1日目の講義として「子育て支援策の現状と課題」−母子保健・児童福祉における自治体の役割−京都華頂大学藤井伸生教授の話を聞きました。
 母子保健は予防であり、切れ目のない支援をするには同じ担当者(保健師)が妊娠期から子育て期を通じて相談に乗れることが望ましいことを留学されたフィンランドでの経験から指摘された。
 子ども虐待による死亡が増えており、そのなかで「予期しない妊娠」「計画していない妊娠」が34.6%を占めており、性教育の必要性をのべられた。子ども虐待の発見されやすいのが保育所であるが民営化とベテラン保育士が少なくなっているのが問題であるとされた。虐待に対応する仕組みとして要保護児童対策地域協議会があるが、強化が必要で問題提起者が核となることが重要であると強調された。
 2019年に全中学校区にスクールソーシャルワーカーが配置予定であるが、予算の中身は週1日3時間・年48週勤務にすぎないのであるが、自治体独自の補助などで問題の早期発見に努める体制づくりが必要であるとされた。
 母子保健と子どもの虐待は子育てにとって重要な課題でありますから、学んでいきたいということを強く感じました。
 13時から18時までびっしりとした内容でしたので疲れと同時に新たな学びができた喜びで1日目を終わりました。
 2日目は「高齢者福祉における自治体の役割」ということでしたが、整理する必要がありますので、報告は後日します。






2017-11-05

東電には柏崎苅羽原発6・7号機を動かす資格はない

 原子力規制委員会は柏崎苅羽原発6・7号機について、「新規制基準に適合した」ということで、10月4日に了承した。「柏崎苅羽原発を動かすことで事故の責任を果たそうというのは、一定の理解ができる」としている。福島原発被害に苦しむ人への思いはなく、原発再稼働を推進していくため、福島事故を終わったものとしていこうとしているものです。
 まもなく事故から6年8カ月になろうとしています。マスコミ等から福島のその後が報道されなくなっています。6万を超える人が故郷に帰れないことも知らされなくなっています。これが政府や東電の狙いであるわけですから、あらゆる機会に福島の状況を知る努力をしたいものです。
 福島第一原発の事故原因が明らかにされていない段階で東電に柏崎苅羽原発の再稼働を許すことは、東電の自己責任を免除することを証明するものです。福島第一原発事故は、起こるべくして起きたものだといわれています。次のような経過がそのことを示しています。
 福島第一原発は、1971年3月から稼働したわけですが、2011年3月11日までに、運転することを続けたら危険だということで88回運転停止をしています。また、これとは関係なく、地震による事故により6回停止しています。
 こような経過に対して国は「安全神話」にしがみつき東電を指導してこなかったのです。国と東電に責任があるわけですから、原因と被害者の生活・生業が戻るまで再稼働を許してはならないはずです。
 わたしたちは福島に連帯するうえでも、再稼働を許してはならないと思います。
 

2017-11-05

町文化祭

 3連休の最後の日に町の文化祭が行われたので見学しました。天気が良すぎるために行楽地へ出かけたのか、3連休のためか、去年より来場者が少なかったように思います。もしかしたら、企画がマンネリ化しているためでないだろうかとも思いました。
 その後は町の博物館で展示物を見学しました。説明する人がいればと思ったことです。






2017-11-04

児童・生徒の人権を守るのが教育機関の使命ではないか

 大阪府羽曳野市の府立壊風館高校三年の女子生徒が、生まれつき茶色い髪を黒く染めるように教諭から強要され、不登校になったとして約220万円の損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こしたことが報道されている。
 生まれつきの茶色い髪であることを進学に際して、母親が「地毛が茶色なので配慮してほしい」と要請しても学校側は認めず、「母子家庭だから茶髪にしているのか」と生徒を詰問したとされている。学校は親子の要請を認めず黒髪を強制した。度重なる黒髪染めで、髪の色が抜けて金髪のような状態になってしまったということでした。 挙句の果て2年生の2学期からは、「黒染めしないのなら学校に来る必要はない」と突き放され、学習権を奪われたのである。
 この経過は教育機関としてやってはならないことであり、教育のイロハも分からない教諭等に生徒の教育を任せることができない実例です。教育の目的は旧教育基本法にあるように、「われら、先に、日本国憲法を確定して、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」ということでした。そのためには、子どもたちに主体性や自立性を身につけてもらい、自分で判断できる人間に育てることなのです。その入り口から人間として尊厳を踏みにじることは絶対してはならないわけです。
 子どもたちは競走と管理体制のなかで自立することを難しくさせています。校則とか学校のルールは学校が一方的につくるのではなく、生徒・保護者と協働して作っていくことが必要です。
 教育関係者は子どもの権利条約が定めているように、子どもの側に立って大人と同様な権利を認めていることを学び直してほしい。

2017-11-04

人間性が失われる昨今

 11月3日は文化の日ですが、人間の心が貧しくなっている社会状況が増えています。自殺願望者を信用させて誘い出し殺した事件が社会に衝撃を与えています。また、子どもが親など親族を殺傷する事件も続いています。何が失われているのでしょうか。
 若い人たちを中心に生きづらさがあるのは政治が引き起こしたものです。政治の根本を直さない限りなくなりませんが、少なくしていくことも政治の責任です。事件の奥に隠されている政治のあり方を考えることが必要ではないでしょうか。
 若いときは多くの人が大きさの大小はありますが、絶望感に陥るのが普通です。わたしも振り返るとその時があったと思います。その時切り抜けられたのは、社会の矛盾に立ち向かいたいという気持ちがあったからでしょう。当時は友人と「人生いかに生きていくべきか」とか「なんで不平等な社会になっているのか」などと激論を交わしたことが生きた財産になっていたのでした。人の交わりの大切さを学んだ時期です。
 いまはどうでしょう。学校教育は競争が主流を占めていますから、子どもたちを差別と分断に導く流れとなっております。競争に負ければ敗者となっていきますから、そこから外れた子どもは自信を失い未来を見通す力は失われていきます。それを少しでも改善するには少人数学級の確立、総合学習時間のようなときに子どもたち自身がテーマを決めて自由に意見をのべあうことの保障、地域の親とのコミュニケーションの場の設定、学校や社会への意見(注文)をのべられる時間を保障することなどが考えられます。
 幼少期に多様な経験と基礎的な学び、人々との多様な結びつきがあれば人生の困難を絶望せず乗りきれると思います。その根本は教育にあると考えます。